大殺界は本当に当たるのか ― 私がくぐり抜けた大殺界の記録

昔の家族写真のアルバムを見返す細本和子

六星占術の大殺界は、本当に当たるのか。占いを信じない人からも、よく聞かれる質問です。私は1928年生まれの水星人(+)。大殺界は12年ごとに巡ってくるので、九十年余りの人生で何度も経験してきました。このページでは、その記録を正直にお話しします。

大殺界とは何か、どんな時期なのかは大殺界とは? 3年間の過ごし方で解説しています。

大殺界は「当たっていた」

六星占術は細木数子さんが考案した占いです。テレビで有名になった頃、私は正直、半信半疑でした。ところが、自分の人生を振り返って大殺界の時期と照らし合わせてみて、ぞっとしました。人生でいちばんつらかった出来事は、ほとんどが大殺界の時期に重なっていたのです。

大殺界は12年のうち3年。季節でいえば冬にあたり、何もかもがうまくいかなくなる時期とされています。私の人生の冬は、次のようなものでした。

私の人生に起きた大殺界

幼い頃の大殺界

最初の大殺界はまだ物心がつくかつかないかの頃で、ほとんど覚えていません。ただ、私が子どもだった時代は戦争に向かっていく時代でした。家族そろって暮らせることが当たり前ではなかった、とだけ言っておきます。

家庭が冷えきった思春期の大殺界

次の大殺界は、思春期の頃でした。父を亡くし、母が再婚した相手は働かない人で、家の中はいつも冷えきっていました。学校でもうまくいかず、居場所がないと感じる毎日でした。

夫の借金を背負った大殺界

結婚して子どもが生まれたばかりの頃に来た大殺界では、夫がギャンブルにのめり込み、大きな借金をつくりました。一時は別居し、明日の米の心配をする暮らしでした。

姑との同居で心がすり減った大殺界

その次の大殺界では、気性の激しい姑と同居することになりました。家に帰るのがつらく、生きた心地がしない日々でした。

仕事を失った大殺界

働き始めてからの大殺界では、勤め先の人員整理で突然仕事を失いました。仕事は私の心の支えでもあったので、これは本当にこたえました。

もちろん、大殺界以外の時期にも苦しいことはありました。でも、心の底から打ちのめされた出来事が、これほど大殺界に集中していたのです。私が大殺界を馬鹿にできない理由は、ここにあります。

大殺界で私を救ったのは「掃除」だった

夫の借金で家計が火の車だった頃、私は藁にもすがる思いで風水を試しました。といっても、お金がないので、できたのは家の掃除と盛り塩くらいです。のちにDr.コパさんが「西に黄色」で風水を広めましたが、私がやったのはもっと地味なことでした。

ところが、毎日掃除を続けて半年ほどたった頃から、少しずつ流れが変わりました。別居していた夫が戻ってきて、借金をきっぱりやめ、人が変わったように家族を大切にしてくれるようになったのです。その後、夢だと思っていたマイホームも建てることができました。

掃除で運が開けた、と言い切るつもりはありません。でも、散らかった家で夫を責めてばかりいた私が、毎日家を整えるうちに落ち着きを取り戻し、家族を迎え入れる余裕ができた。それが大きかったのだと思います。それ以来、私は掃除が得意になり、家はいつも片づいています。暮らしと運気の関係は運気は暮らしから上がるにまとめました。

西洋占星術でも同じことが言えた

六星占術と並んで、私が長く親しんできたのが西洋占星術です。今はスマートフォンで簡単にホロスコープ(出生図)を作れるので、独学でも人生の傾向が読めるようになりました。

私のホロスコープには「仕事が生きがいで、結婚生活は苦労する」という傾向が出ていました。まさにその通りの人生です。西洋占星術は、星の配置という記録をもとに読み解く、理屈の通った占いだと感じています。東洋と西洋、まったく別の占いが同じ傾向を示すのは、不思議でもあり、心強くもあります(ホロスコープと算命学の違い)。

大殺界を経験してわかったこと

大殺界を生き抜くために

  • 大殺界には、人生を変える大きな決断をしない
  • 苦しいときこそ、暮らしを整える。掃除はお金のかからない最高の開運法
  • 大殺界は必ず終わる。明けたときに動けるよう、準備をしておく

大殺界は、知っていれば備えられます。知らずに大勝負に出るのと、知っていて守りに徹するのとでは、同じ冬でも過ごし方がまるで違ってきます。

ページのトップへ戻る